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生まれた時刻がわからないときは——命盤を組む前に

約7分

紫微斗数の命盤を一枚組むのに、いること自体は三つだけです。生まれた年・月・日、生まれた時刻、そして性別。前のいくつかは、多くの方がひと息に書き入れて済みます。ただ、時刻というこの一項だけは、しばしば人をそこで立ち止まらせ、なかなか筆が下りません。

出生証明の類を手もとに持たない方もあれば、昼だったと覚えていても、何時かははっきり言えない方もあり、また、真夜中のあの一刻に引っかかって、前の日と後の日のどちらで数えればよいのか、迷う方もあります。こうしたためらいは、どれもごく当たり前のことで、それで尻込みなさる必要はありません。この記事では、盤を組む前に確かめておくべきことを、一項ずつ明らかにしてまいります。生まれた日時をきちんと据えたうえで、落ち着いてひとつ、お尋ねいただければと思います。

なぜ時刻という一項が、これほど大切なのか

紫微斗数の第一歩は、命宮を据えることです。命宮はどこから来るのでしょうか。ごく簡単に申せば、生まれた月から起算し、そこから時辰(じしん)にしたがって逆に数えて定まります。これはつまり、月が定まったのち、時辰こそが、命宮がどの宮に落ちるかを決める鍵になる、ということです。時辰が一つ前へ、あるいは一つ後へずれれば、命宮は座を変えます。

そして命宮が一つ動けば、髪一筋を引いて全身が動きます。十二宮——兄弟、夫妻、子女、財帛、疾厄、遷移、僕役、官禄、田宅、福徳、父母——がことごとくつれ動き、あわせて主星の坐しどころも、四化の飛び配りも、まるごと組み直しになります。

ですから、時辰が一つ違えば、往々にして、まるで別の二枚の命盤になる、と申すのです。同じ年月日でも、子(ね)の刻の生まれと、丑(うし)の刻の生まれとでは、読み取れる性情の向かう先も、めぐりあわせの起き伏しも、大きく異なることがあります。時辰をなぜ慎重に扱うのか、その道理はここにあります。それは小数点以下の微調整ではなく、盤全体の地基(じぎ)なのです。地基がずれれば、建物は別の場所に建ってしまいます。

だからこそ、生まれた日時を入れるこの一歩には、いま少し心を用いる値打ちがあります。あいまいなまま済ませるよりは、お尋ねになる前に、手もとの資料をよくめくり、よく尋ねておくことです。ひと時ゆっくり時辰を確かめておくほうが、座のずれた盤を抱えて、あれこれ問うたあげく、答えられるのが他人の命だった、というよりも、ずっとよいのです。

十二時辰と、現代の時計の対応

昔の人は、一日を十二の時辰に分けました。一つの時辰は二時間、地支(ちし)をその名とします。今日の時計に対応させると、次のようになります。

子(ね)の刻=23時〜翌1時、丑(うし)の刻=1時〜3時、寅(とら)の刻=3時〜5時、卯(う)の刻=5時〜7時、辰(たつ)の刻=7時〜9時、巳(み)の刻=9時〜11時、午(うま)の刻=11時〜13時、未(ひつじ)の刻=13時〜15時、申(さる)の刻=15時〜17時、酉(とり)の刻=17時〜19時、戌(いぬ)の刻=19時〜21時、亥(い)の刻=21時〜23時です。

覚えるときは、まずいくつかの定点を押さえるとよいでしょう。子の刻は夜半(やはん)、午の刻は真昼、卯の刻は夜が明けようとするころ、酉の刻は日が沈もうとするころ。ご自分がおおよそ何時ごろに生まれたかさえわかれば、この対応を見て、あてはまる時辰を見つけられます。手もとに「夜が明けたばかり」「昼を過ぎたところ」といった、ぼんやりした印象しかなくとも、まずおおよその範囲を絞り、そこから少しずつ収めていけばよいのです。

早子時と晩子時は、どこが違うのか

十二時辰のなかで、最も人を迷わせるのが子の刻です。子の刻は真夜中をまたぎます——前の日の23時から、翌日の1時まで。ちょうど真夜中の零時で、二つに断ち割られる形です。そこから、早子時(そうしじ)と晩子時(ばんしじ)の別が生まれました。23時から0時までを晩子時、または夜子時(やしじ)と呼び、0時から1時までを早子時と呼びます。

両者の違いは、時計のうえの前後だけでなく、どちらの日で数えるかにあります。主流の考え方はこうです。真夜中の零時を過ぎた早子時は、日付がすでに新しい一日へと繰り上がっているので、新しい一日として組む。零時より前の晩子時は、日付がなお前の日に属するので、前の日として組む。また、子の刻は一律に翌日に入れ、早晩を細かく分けない、とする一派もあります。伝承によって扱いが異なり、唯一の定説があるわけではありません。ただ、ご自分の組む盤が、どちらの数え方によるものかを心得ておけば十分です。

もしあなたが、ちょうどこの真夜中の二時間のあいだに生まれたのなら、盤を組むときは、とりわけ気をつけてください。まず生まれたその一刻が、零時より前だったのか後だったのかを確かめ、そのうえで日付をどう入れるかを決める。この一項を誤ると、盤全体が一日ずれてしまうことにもなりかねません。慎重になさるに越したことはないのです。

どうしても正確な時刻がわからないときは

時刻がどうしても思い出せなくとも、焦ることはありません。たどれる手がかりは、思いのほか多いものです。

最も頼りになるのは、白紙に黒々と記された記録です。母子健康手帳には、しばしば出生の時刻まで記されています。お手もとになければ、出産した病院に分娩記録の写しを願い出る、あるいは市区町村の役所で、出生届に関する記録をたずねる、といった道もあります。これらには、たいてい分単位まで記されています。

次に頼りになるのは、目上の方の記憶です。ご両親や祖父母は、当時の情景を覚えていることが多いものです——まだ夜も明けきらぬうちに病院へ急いだのか、昼餉(ひるげ)のあとに産気づいたのか。早朝の一番の便だったのか、日が暮れて灯をともすころだったのか。こうした断片を、先ほどの時辰の対応と照らしあわせて推しはかれば、しばしば範囲を、一つか二つの時辰のうちに収めることができます。

手がかりを問い尽くしても、なお隣りあう二つ三つの時辰のあいだにしか絞れないときには、もう一つ、最後の手立てがあります。試しに組んでみることです。ありうる時辰でそれぞれ盤を一枚ずつ組み、人生ですでに起こり、すでに定まった大きな出来事——学びの転機、婚姻の早い遅い、めぐりあわせの起き伏し——を、あらためて照らしあわせて、どの盤が、あなたの歩んできた道に最もよく寄り添うかを見るのです。これを伝統では、定盤(ていばん)と申します。

定盤には、辛抱がいり、また、自分の来し方を誠実に振り返る心もいります。それは当てずっぽうの推量ではなく、すでに起こった事をよりどころに、最も身に添う、その一つの扉を逆にたどるものです。扉さえ合えば、この先の話も、確かに語れるようになります。

ひとまず定めきれなくとも、それでかまいません。まずは最も心当たりのある時辰で盤を起こし、大きな方向の輪郭を見ておく。のちに記憶がはっきりし、資料がそろってから、あらためて正してゆけばよいのです。命盤は、一度で定め切る封印ではなく、少しずつ照準を合わせ、見るほどに明らかになってゆく、一面の鏡なのですから。

旧暦か新暦か、閏月はどう数えるのか

よく尋ねられます。盤を組むには、旧暦(きゅうれき)と新暦(しんれき)の、どちらを使うのか、と。答えは——紫微斗数は旧暦を基準とします。旧暦は、陰暦、旧暦(きゅうれき)とも呼ばれるものです。命宮は生まれた月から起算する以上、この月とは、まさに旧暦の月のことなのです。

とはいえ、ご自分で換算なさる必要はありません。今日の作盤では、あなたのなじんだ新暦(西暦)のお誕生日を入れさえすれば、対応する旧暦の日付へと、自動で置き換えられます。お手もとの書類にある新暦の誕生日のとおりに書き入れれば、かえって間違いも起こりにくいのです。

ただ一つだけ気をつけたいのが、閏月(うるうづき)です。旧暦は節気を調えるために、ときおり閏月がひと月増えます。もしあなたが、ちょうど閏月に生まれたのなら、書き入れるときに、これが閏月であると必ず添えておいてください。同じ名の常の月と取り違えないためです。こういう場合はそう多くありませんが、ひとたび当たったなら、はっきり記しておけば、それで大丈夫です。

真太陽時という、もう一つの説

もう一つ、誠実に触れておくに値する説があります。真太陽時(しんたいようじ)です。これはこういうことです。時計が刻むのは統一された標準の時刻ですが、各地で日の当たる実際の早い遅いは、その土地の経度の違いによって、いくらかずれてくる。だから、こだわる人は、盤を組む前に、生まれた土地の経度に応じて、時辰にわずかな微調整を加えるべきだ、と主張します。

この説については、各派の見方が分かれます。忠実に守る人もいれば、日々の暮らしには大きく響かないとして、時計の時刻のままでよいとする人もいます。ただ、日本の場合、標準時は東経百三十五度(兵庫県の明石あたり)を基準としているため、東の端と西の端とでは、実際の日の運びに、いくらかの差が生じます。ここでは、その是非を細かく論じることはいたしません。ただ、こういうことがある、とだけお伝えしておきます。もしあなたの生まれた土地と標準時との隔たりが、ちょうど時辰の境目のあたりに当たるようなら、これも合わせて心に留めておくと、いくらか心づもりができるでしょう。

つまるところ、生まれた日時は、一枚の命盤の地基(じぎ)です。地基を誠実に築いてこそ、盤は真(しん)に立ちます。年月日と時辰をきちんと据え終えたら、ご自分の命盤を組むことができます。無料でひとつお尋ねいただき、この一枚に、あなたのことをじっくりと語らせてみてください。